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2022/04/22 (Fri)

SNARE COVER音楽活動の歩み、井手上漠の人生をテーマに書いた新曲 ロングインタビュー公開!!

―SNARE COVERは結成が2001年、2016年からソロプロジェクトになって、楽曲も歌も表現が一気に豊かになりましたよね。バンドとして音楽を作るのとひとりで音楽を作るのと、何が一番大きな違いでしたか?


「バンドのときはメンバーみんなが運命共同体というような感覚でずっと同じ方向を目指してやってきたので、良くも悪くも自分だけのアイディアではないですし、バンドの形をみんなで共有してるような感じだったんです。本来自分が生かすべきなのは歌の部分だというのはわかっていたんですけど、バンドサウンドだとでっかいギターの音とでっかいドラムの音っていうのがまずあって。それはメンバーの意向でもありましたから。でもソロになったところで、自分は何を一番聴かせるべきなのかっていうのを考えて、曲を作れるようになったというのはあります。それはソロになったメリットですね。でもデメリットもあって、やっぱり孤独です(笑)。自分のアイディアがすべてなので、それが伝わらなかったときとかうまくいかなかったときは、全部自分がよくなかったんだっていうことになってしまうので」


―ソロになって以降、声の使い方、歌の表現の仕方というのが一気に広がったような気がするんですけど、もともと自分の声、歌に対しては特別なものだという確信はあったんですか?

「いや、じつはそれほどではなくて。もともとはバンドサウンドが好きで音楽を作り始めたので、自分にとってのゴールはバンドという形だったんですよ。だからあまり歌にし集中して考えたことはなかったんです。でも、ソロになるちょっと前ぐらいからかな、人から『歌をもっと聴きたい』っていう声をもらったりするようになって。あと僕、自分が本来得意なのものと好きなものが結構わかれていて。好きなものを表現しようとすると、自分の不得意なものをやらなくちゃいけないみたいなところがあるんです。その得意なものと好きなものっていうものをすり合わせるまでにちょっと時間がかかって、ソロになってようやくそれができるようになった感じはあります」


―斎藤さんは北海道で暮らしていますが、そのことが音楽に影響を与えているところは大きいですか?

「それはすごくあると思います。自分の部屋から見える景色というのは、山と崖がそびえていて、四季もはっきりわかれていて。そういうところからの影響は間違いなくあると思います」


―歌詞をいろいろ見ていくと、たとえば自然だったり、時代だったり、人間には太刀打ちできないようなものってあるじゃないですか。そういうものに対する強いリスペクトを感じるんですよね。

「まさにそれはあると思います。人の力が及ばないものとか、ずっと人が繰り返していることとか、それって何なんだろうって思うんですよね。少人数だったら簡単に共感し合えるのに、人間の数が多くなると戦争が起きてしまったりする。どうして普通の人が集まって話をしたら『こんなの絶対ダメだよね』っていうことが、人数が増えると起きちゃうのかなっていう。そういうことはテーマになりがちなところはありますね」


―今回の「私らしく、僕らしく。-井手上漠のこと-」もそういうところがありますよね。おそらくこれまで作ってきた曲とはまったく違う成り立ちで生まれた曲だとは思うんですが。


「はい。この曲は僕だけでは絶対に作れなかった曲で、まさに自分の力が及ばないところで自分が何ができるんだろうっていうことを追求した結果なので」


―最初に「わすれね」プロジェクトについて聞いたときにはどういうことを感じました?


「いや、とにかく嬉しかったですね。やっぱり井手上漠さんだったからこそっていうのもすごくあると思うんですけどね。2、3年ぐらい前から本当にファンで、自分にとって特別な存在だったので、じつはこの曲とは別に、以前漠さんについての曲を書いたりもしていたんです。そこにお話をいただいて、そのすでに書いていた曲も含めて数曲を準備して挑んだんですよね、最初。でも、漠さんへのインタビューに立ち会わせていただいたときに、初めて漠さんにお会いして……そのときに受けたインスピレーションで、それまで準備してきたものは全部やめてイチから作ることに決めたんです。ご本人に会わないと感じられなかった強さみたいなものを感じたんですよね。それでその日の帰りの電車の中で、今回の曲のサビの部分がひらめいたんです。ちょうどギターを持っていたので、そのままカラオケボックスに直行して、弾き語るというか弾き殴ってスマホに録音して。それを北海道に持ち帰って、最終的にこういう曲になりました」


―そういうふうに衝動的に曲が生まれることってよくあるんですか?


「ここまで『間違いない』みたいな感じはほとんどないですね。だからこそ、たぶん自分の及ばないもの、自分だけではできなかったものっていうのがあるんだなってすごく感じています」


―もともと曲を作っていたそうですけど、井手上漠さんという人のどういうところに惹かれたんですか?


「最初は柔らかさだったり穏やかな美しさみたいなところが魅力だなと思っていたんです。もちろんそういう部分は今でも変わらずあるんですけど、最初はそういうイメージでしたね。だから自分で作った曲も、壮大で美しいバラードだったんです。でも、もっと突き抜ける感じのほうがいいなって、実際にお会いして感じて。漠さんが発信しているジェンダーレスという部分って、僕の中ではもう少しデリケートなところなのかなって予想していたんですけど、実際にはもうそんなところを超えていて。『そういう概念をもう私は超えてるんですよね』っていう感じだったんです。仕草からも言葉からも凛とした強さを感じて、圧巻、みたいな感じだったんです。しかも、それを表現するにあたって僕だからこそできることがあるなと思えたんですよ。その強さって、鉄パイプみたいな強さとして表現してもそれは通用しないというか、もっと違う強さなんですよね。それが、僕が表現する場合になんかイメージとしてある強さと近いものだと思って。僕の歌も『女性なのか男性なのかわからない』って何回も言われたことがあるんですけど、そういう概念を超越したところは何か共通する部分を勝手に感じたんですよね。何か表現するべきものが絶対にあるはずだと思いました」


―歌詞はどういうふうに作っていったんですか?


「歌詞はインタビュアーさんが漠さんのお話を伺うなかでワードをいくつか集めていて。僕も僕でキーワードを考えていて。それを共有し合いながら固めていきました。サビの『遥か 聞こえてくる』っていうフレーズはその日に出たものをそのまま使っていますね。そういう意味では漠さんだからこその歌詞ですし、漠さんが書いたといっても過言ではないと思っています。特にCメロの部分は、漠さんが最初、自分らしくいることができなかったときのことを『モノクロの毎日』って表現していたんですけど、それがお母さんの一言で自分は自分らしくあっていいんだって思えた、そこから世界がカラフルに変わっていく。『雨のシャワー』いうのも、自分がこう感情をこう吐き出すときに、雨に打たれたりシャワーを浴びたりするっていう話もされていたので、そういうものも全部織り交ぜました」


―井手上さんのストーリーであることはもちろんですけど、そこに斎藤さん自身の内面性も重なっている気がします。どういう部分を重ね合わせていきました?


「なんだろう……すごく本質的な、ジェンダーレスっていうことでの発信って難しいと思うんですよ。それを19歳で、あれだけ覚悟を持って正々堂々と発信する姿って、選ばれた人じゃないとできないと思うんです。そういうところに人間のすごさみたいなものを感じるので。人ってすごい力があるんだなとか、そういうものを感じさせてくれる人なんですよね。それは自分が音楽でやろうとしてきたこととも通じるもので。音楽って本当はもっとすごいのにな、もっと人をいい気分にさせてくれるものだけどなあって思うんですよ。自分の力では到底それを実現することできないのかなって不安に思うこともあるけど、漠さんという存在が、そういう自分を後押ししてくれる、助けてくれる。そういう思いで、絶対にいい曲にしようと思っていました。僕には漠さんのような強さはないし、この企画を自分が選んでいただいたときは、自分でいいのかみたいな後ろめたさと対峙することにもなったんです。でも自分は音楽を信じてやってきたし、音楽しかないから。僕にとってひとつの転機になった気がします」


―もう井手上さんご本人には聴いてもらったんですか?


「聴いていただいたみたいで、ありがたい感想をいただきました。『休日の朝にすごく聴きたい、ポジティブに感じる』って。そういう印象を持っていただけたみたいです。あと、『遥か』っていう歌詞について『なんで『遥か』なんですか?』って。なんででしょう、って僕も思うんですけど(笑)。いきなり出てきたものなので。でも、漠さんの奥行きというか、生きてきた中での苦悩とかいろんなものの奥行きみたいなものが言葉に出たのかなと思います。それが印象的だったみたいです、それと、近々東京で久しぶりのライブを予定しています。まもなく発表できますのでお待ち下さい。」


Text:小川智宏

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